2019.04.22 09:22亡失のノクターン 迫り来る夜の帳に、細やかな音色が絡まって。世界が穏やかな眠りに向かい、重い瞼を閉じてゆく。古びた鍵盤を踊る指は何処と無くたどたどしいが、奏でられる唄は優しさに満ちていた。 古ぼけた家の扉を押し開き、老父が一人駆け込んだ。「ああ、酷い。あんなに晴れていたのに、どうしたんだ一体」 そう呟いた彼の解れた服は、バケツを被ったように濡れている。「...
2019.04.22 08:54花が咲くように ブラウンフェルス城の城門横に構えたホテルの一室からは木組みの家並みがゆったりと流れる時の中に佇んでいる様子がよく見て取れる。石畳の道には観光客が弾んだ声を上げ通り過ぎてゆく。未だ目の覚めない男は、ベッドのうえで何度も寝返りを打ちながらその穏やかな平和を聴いていた。「おはようございます、エルンスト先生」 不意に男とも女とも取れぬ美しい声に...